VOL.19

ウエッジウッドの進化論
 我が家には、5人用のクイーンズウェアのティーセットと、カップ&ソーサーが二種類、ジャスパーの花瓶、小さなプレートが2枚、それから小さなジャスパーのペンダントヘッドがあります。この中で唯一、自分で購入したのは15年前に、一人で初めてイギリスへいった時のお土産のクイーンズウェアのティーセットです。


 最近、このシリーズのティーセットを日本のアンティークフェアで見かけることがあります。バックスタンプを見ると、私が持っているものとは違うので、おそらく、私が持っているものはまだアンティークではないのでしょうが、なんとなく得をしたような気がします。持っているものが古くなればなるほどうれしい、というのがアンティークの魅力の一つでしょう。

 ウェッジウッドは、外国製の陶磁器としては日本でもっともよく知られた名前です。我が家にも人からプレゼントされた物がいくつかあるように、食器の好きな人なら、大抵一つくらいは持っていると思います。

 アンティークショップでも、デパートの食器売場でも売られている陶磁器は、他にもいくつもありますが、ウェッジウッドがなぜ200年以上をずっとポピュラーであり続けることができたのか、その秘密はウェッジウッドの創始者であるジョサイア・ウェッジウッド自身にあります。

 日本の文部省が明治6(1873)年に発行した「家庭教育用錦絵(外国教絵解)」の中に、「教育錦絵泰西偉人伝」といものがあります。そこでは、小さいときの病気がもとで右足を切断し、ステッキをついたウェッジウッドが、ショールームのなかで使用人に何か指図をしている「絵」と一緒に、こんな風に紹介されています。


      ウェッジウッド(Wedgwood, Josiah, 1730-1795)
 
      英国の空地烏徳(うゑちうヽと)は幼き時
      疾を得て不具と成しが其
      国の陶器の粗なるを憂ひ
      数年工夫して精巧の品を
      造り出し国の大益を成せり
      或人之を誉て此人この疾ある
      故に心を内に用ひて此術を
      得たるなりといへり


 ジョサイア・ウェッジウッドは、ここにも紹介されているように、すぐれた陶工であり、天才的な化学者でもあったのですが、また抜け目のないビジネスマンでもありました。

 ウェッジウッドは、その頃(日本は江戸時代です)にはまだ珍しかったショールームをロンドンのあちこちに開きます。ウェッジウッドは、魅力的なディスプレイが売り上げをのばすのに大きな効果があることをすでに知っていたのです。

 しかも驚くべきことに『ウェッジウッドのショールームは、あらゆる階層の人々が行き交うような都市の主要な中心の、人目につくようなところにはなかった。なぜならジョサイアはまったく抜け目のないビジネスマンで、彼のショールームを訪れた「ご婦人方の大群」が、友達に自分達が見たことを話すことを確信していた。(ジョサイア・ウェッジウッド 図録)』とあるように、クチコミCMの効果までも狙っていたのです。

 20世紀にはいってからのウェッジウッド社は、キースマーレイ、スージークーパー、エリックラヴィリアスといった時代の先端を行くデザイナーを起用したり、優秀で小さな会社を吸収合併したりして止むことなく「進化」が続いています。ウェッジウッド社に吸収された会社のなかには、私の好きなミッドウィンター社も含まれています。

 「進化論」のチャールズ・ダーウィンがジョサイア・ウェッジウッドの孫だというのは有名な話しですが、ダーウィンが『8年に渡るフジツボの研究のおかげで、ロイヤル・ソサイェティのメダルを受賞し(1853年)、動物学での専門家──フジツボの世界的権威──の地位を築いた』というエピソードは、『ジョサイアウェッジウッドは、熱心な貝類研究者でもあり、何年にもわたって貝殻の膨大なコレクションを築いていた。』という話しとどこか通じるものがあります。



   2000年の8月、静岡を皮切りに、2001年の5月6日(日)まで、「英国陶工の父 ジョサイア・ウェッジウッド」というタイトルでウェッジウッド展が開かれています。タイトルにある通り、この展覧会は200年以上に及ぶウェッジウッドの歴史を辿るというよりは、ジョサイア・ウェッジウッドという人物に主眼があてられています。

 ウェッジウッドの貴重なコレクションを一度に見れる機会は、当分やって来ないと思います。

 連休最後の5月6日の日曜日まで、日本橋三越本店で開催されているので、まだご覧になっていない方は是非いってみることをお勧めします。